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学長式辞(令和7年度学位記・修了証書授与式)

 本日、晴れて卒業式・修了式を迎えられる看護学部55名、大学院看護学研究科4名、助産学専攻科7名の皆様、それぞれに卒業、修了、おめでとうございます。学生生活を支え続けていただいたご家族のみなさまに深く感謝いたしますとともに、お喜びを申し上げます。また、本日は、敦賀市長様をはじめ、このようにご来賓やご家族の皆様のご参列をいただき、学生の門出をお祝いしていただきますこと、大学として大変うれしく、感謝いたします。

 4年前の入学式での学長式辞で、私は成人教育の考え方であるアンドラゴジーの概念についてお伝えしました。アンドラゴジーに対して、ペタゴジーという概念がありますが、これは、経験や知識がまだない子供たちに対して、どちらかというと教師主導で教育をするという考えです。

 一方、アンドラゴジーは、経験を経て、一定の考えも持つ「大人」に対して行う教育の考え方ですので、学習者を一人の大人として敬意を払い、いわば対等な共同探究者として扱います。アンドラゴジーの概念では、学習者は自立して課題設定をし、自ら学び自己評価をして前に進んでいくということになります。もちろん看護学については、学生は初学者なので、一定の知識、技術、思考過程、情報などを大学が提供しなければなりませんが、大学教育はアンドラゴジーが基本です。そう考えますと、私たち教職員は、皆さんを十分尊重して教育にあたってきただろうか、一方的に教え込むといったことはなかっただろうか、疑問や自由な発想をぶつけられる相手でいられただろうかと反省します。100%そうであったわけではないかもしれません。

 先日「学長と話す会」に参加してくれた4年生が、「実習はすごく大事な時間だった。実習で体験することで学習が前に進むし、実習中に勉強したことは、記憶にもしっかり残っている」と話してくれました。実習では住民の皆様、高齢者、こども、病院の患者さん、施設の利用者の皆様と出会います。そこには大学の教室では提供できない、人間同士のリアルが存在します。相手の状態をよく知り、健康についての考えを聞き、科学的なエビデンスを参考に潜在的なニーズを探し当てて、学んだことの中からできることを計画的に提供してみる、そして相手の反応によっては、また意見を聞き、教員や看護師に相談しながら計画を変え、またトライする。その繰り返しのなかから、「健康状態やQOLの改善があったのか、看護になりえたのか、なりえなかったのか、なりえたとしたらなぜか、なりえなかったとしたらなぜか」「どうすることが看護なのか」と吟味することが実習の本質だと思います。4年生の「実習がすごく大事な時間だった」という話は、このような看護の探求の過程をきちんと踏んでいることの証です。このような学生の反応は、素晴らしいことであり、大学にとっては大変うれしいことでもあります。どうか、このような相手の健康状態やQOLの改善のための探求を、これから始まる臨床の場でもやめないでほしいと思います。

 就職をすると皆さんは病院や職場の「業務」を覚えて、それをこなし、お給料をもらいます。「業務」というのは「看護業務」のことですので、「看護」であるはずなのですが、実はそうとも言い切れないところがあります。この2月にがん看護学会がありまして、シンポジウムで病棟の看護師長をしているがん看護専門看護師たちと討論させていただいたのですが、特に最近「「業務」が忙しくて「看護」ができない」と看護師さんたちが嘆いているという話でもりあがりました。シンポジウムのテーマは「業務を回す中でケアリングをどう育むか」でした。シンポジストの看護師長さんたちは、看護師が業務に追われて看護をしなくなるので、なんとか看護を維持するために、「カンファレンスで、お互いの迷いを共有する」とか、「勉強会で看護理論を学びなおす」とか、「看護師一人一人の判断を尊重する」・・といった取り組みを話してくれました。看護をじっくり考える時間と場を提供すると、看護師たちが少し元気になってくれるという報告でした。

 看護師は、時間ごとに決められた数多くの項目の点検と記録、激しく入れ替わる患者さんへの対応、多くの検査、何本もの点滴の管理、おびただしい数の薬の管理、それらに伴う事務的な仕事などなど・・・に追われています。煩雑な業務の合間に患者さんに説明し、心配事を耳に挟むこともありますが、何もできないまま、患者さんは退院してしまいます。

 1年目は、与えられた仕事をやりこなすので精一杯かもしれませが、早い人は2年目あたりで、これはおかしいぞと気づいてきます。ちゃんと患者さんのお話を聞いていない、他にいいケア方法があるかもしれないが、エビデンスを調べる暇もない、患者さんは薬の副作用で悩んでいたけど、治療について納得しているのか、自分で副作用の管理ができないけど、おうちに帰ったら誰がやってくれるのだろうか・・、本来なら家に帰っても困らないように相談にも乗るべきだったのではないか、電子カルテにあるチェック項目に沿って、チェックして、患者さんが本当に求めているものと言うより、病院で決められたことをするだけで、看護らしいものはなに一つ満足にできていないのではないか。病院の業務は回っているかもしれないが、看護をしていると言えるのだろうか・・・。これでいいのだろうかと悩むと思います。 

 病院とか施設と言うものは大きな経済社会のしくみのなかで回っていますので、簡単に変えることはできません。しかし疑問をもつことは大事なことです。どうかこの大学の実習で探求した姿勢を思い出して、(現場を変えることはできないとしても)なぜそうなっているのか追求してほしいと思います。そして、壁を乗り越えたくなったら、是非大学院に戻ってきて、問題を分析し、解決する能力を身につけてください。大学はいつでも皆さんの向学心をお待ちしています。

 ケアには相互作用がありますので、患者さんを幸せにする看護師は間違いなく看護師として幸せなはずです。どうぞみなさんが幸せな看護師となりますよう、こころから願っています。

 
令和8年3月23日
敦賀市立看護大学
学長 内布敦子
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