本日、晴れて卒業式・修了式を迎えられる看護学部49名、大学院看護学研究科3名、助産学専攻科7名の皆様、それぞれに卒業、修了、おめでとうございます。本日は3年越しでご来賓、ご家族の参加が叶いまして、より一層うれしく、お祝い申し上げます。
この学年のみなさんが入学した2019年4月は、まだ新型コロナウイルスは影も形もありませんでした。日本国内での感染例が確認されたのが2020年の1月14日でした。感染は世界中へと拡大し、パンデミックをはじめとした社会の変化は、皆さんが実感した通りです。
病気に対して、この場合は感染症ですが、人間や社会がどのように反応するかを皆さんは、リアルタイムでつぶさに見てきたということです。人間は病気に対して生物体として反応するだけでなく、不安など、精神的な側面でも反応します。そしてその反応の一部は行動面に表出され、社会の一存在として、様々な局面で他の人々、組織といった環境に影響を与え、また与えられ、さらにそれらに対する反応が次の反応を呼び起こします。ですからパンデミックの様相というものは病態学的な変化だけではなく、恐怖、委縮した行動、他者への攻撃などで彩られます。3月初旬までで世界で確認されただけで7億6千万の人が感染し、686万人以上が死亡しています。死と隣り合わせの状況は、日本でも頻繁に見受けられました。
私の知り合いに神戸で訪問看護をしている専門看護師の仲間がいます。テレビで報道があったのでご存じの方もおられるかもしれません。30代の糖尿病の持病を持つ男性が感染し肺炎を併発して血中の酸素濃度が下がる中、自宅療養を強要され、医師にも救急車にも来てもらえず、訪問看護に依頼が飛び込んできたそうです。夜遅く車を運転して訪問した時の話をしてくれました。お母さんが玄関先で、「見捨てずに来てくれてありがとうございます」と手を合わせて拝まれたそうです。点滴、酸素、声かけ、入院用ベッド探しと、精いっぱいやって、やっと見つかった高度先進医療を担う病院のベッドに入院できたそうですが、すぐになくなられたそうです。このような現象は神戸市だけでなく、日本中あらゆる地域で見られました。人口割で米国の約4倍のベッド数を有する日本で、このようなことが起こるとはだれも想像しなかったと思います。
皆さんはもうすぐ医療の現場に立つことになりますが、看護師は、患者への直接的な医療とケアの他に、医療体制などの社会の仕組みにも挑戦しなければなりません。まず、最初は、病院や職場の仕組みを知り、少しずつ責任をとれる看護の仕事を任されていくことと思いますが、2,3年ですぐに、新人に看護の仕事を教えていく立場になります。患者さんへの直接的なケアだけでなく、限られた医療資源の分配やケアの質を改善する社会的な役割も引き受けることになります。皆さんはギャラップ社のHonesty and Ethics of Professional Rankingという調査をご存じでしょうか?米国の調査ではありますが、看護師はここ20年連続で「誠実さと倫理観の高い職業」として1位を維持し続けています。特に2021年は新型コロナ感染症拡大が続いたため最高の評価になったと分析されています。このオネスティとエシックスには何が含まれるのか?と考えますと、直接的なケアにとどまらず医療システムの改善、健康のための政策にいたるまで、多くのことが期待されているのではないかと思います。患者さんに最も近い場所で最も長い時間を費やす看護師は、役割として、患者の立場を、説得力を持って、しかも専門性をもって代弁することが期待されています。
看護学という学問を修め、看護学士または看護学修士という称号を手にした人たちにはそれなりに責任があります。私は、千葉大学の修士を修了した際に教員から「あなたたち学生一人に修士課程2年間で約2000万円の国家予算が使われています」と言われたときのショックを覚えています。看護学部の学生も4年間で同じくらいの公的予算が投じられているはずです。これは、当時の私には途方もない大金でした。その金額に値する貢献を社会にできるだろうかと恐ろしくなったのを覚えています。でも考えてください。皆さんは、それほどの価値がある人材ということなのです。国もそして敦賀市も皆さんの価値を高く評価して、教育予算を投入しているということであり、それは誇るべきことなのです。
患者さんに対して安全な医療サービスができること、患者さん中心に物事を考えることができること、患者さんに納得していただけるような対応ができること、さらに、医療提供の仕組みや人々の健康について、組織を動かし、改善をもたらす働きができること、それが教養人としての看護学士または看護学修士である看護師の、もちろん助産師もそうですが、学位を持つ看護師の存在意義だと思います。
神戸の訪問看護師さんは、その後、訪問看護ステーションを運営しながら、新型コロナの訪問看護の手順作りを公的機関から任され、連携する病院や医師とのネットワークを広げ、全国の訪問看護師を相手に新型コロナ患者の訪問診療・看護のシステムや方法を体系化し、それをテキストにして、訪問看護のかたわら、看護師の教育のために日本全国を飛び回っています。
どうぞ誇り高く飛び出していってください。今年は10周年で、卒業生ネットワークを作ります。同窓生の仲間は、何かプロジェクトを立ち上げるとき、研究班を組織するとき、大きな力になります。敦賀市立看護大学からネットワークを通して多くの発信もさせていただきます。この場所につながって、皆さん、看護学士、看護学修士、助産師としての使命を全していってほしいと思います。皆さんのご活躍を応援して、お祝いの言葉とします。
令和5年3月23日
敦賀市立看護大学
学長 内布敦子