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学長式辞(令和6年度学位記・修了証書授与式)

 本日、晴れて卒業式・修了式を迎えられる看護学部58名、大学院看護学研究科7名、助産学専攻科7名の皆様、それぞれに卒業、修了、おめでとうございます。学生生活を見守り続けていただきましたご家族のみなさまにも深い感謝とともにお喜びを申し上げます。本日は、敦賀市をはじめ、このようにご来賓やご家族の皆様のご参列をいただき、学生の門出をお祝いしていただきますこと、大学として大変うれしく、感謝いたします。

 こうして72人の看護職がこの大学から巣立ち、多くの患者さんの健康にかかわれることは、教員としても、一市民としても本当に心強く思います。学部の皆さんは、最初は、先輩看護師から指導を受けて、一緒に患者さんの状態を判断し、必要な処置やケアをするといったことを学んでいくことになると思います。数か月後には、先輩看護師に相談しながらとは思いますが、少しずつ独り立ちして、やがて1年後には新人が入り、みなさんは新人に教え、サポートするようになります。

 看護師が一人前になっていくプロセスについてはPatricia Bennerという米国の看護学の研究者が有名な研究を行っています。1984年に出版されたfrom Novice to Expert「初心者から達人へ」という書籍にこの研究がまとまられています。この研究でベナーは、ベッドサイドで患者と看護師との間で繰り広げられる現象について膨大な量のデータを収集し、分析し、看護師が初心者からエキスパートにたどり着くまでの段階を描き出しています。ベナーは人工知能の研究で有名なDreyfus & Dreyfusという同じDreyfusという名前の2人の研究者が提唱している技術習熟モデル(Skill Acquisition Modelといいますが)をベースに、エキスパートまでの段階を5段階で説明しました。第1段階は「初心者novice」で学生などケアの経験がない看護師がこの段階に含まれます。バイタルサインの測定をして正常か異常かの判断はつきますが、そこでどのようなふるまいをしたらよいかはわからない段階です。第2段階は「新人Advanced Biginner」で、新卒看護師のレベルが当てはまります。指導を受ければ、そのとおりにケアはできますが優先順位は判断できません。第3段階は「一人前Competence」で同じ領域で2-3年の経験を持つ看護師です。優先順位を考えながら複数の患者の目標、計画を立てて行動することができるようになります。第4段階は「中堅Proficient」です。同じ領域で3-5年の経験を持つ看護師で、患者の状況を総合的にとらえ、目標によらずとも重要なケアは何かがわかり、バイタルサインが変化する前に病状の悪化を予測したりします。第5段階が「達人Expert」で、蓄積された実践知をもち、ガイドラインを超えた「(あてずっぽうではない)裏付けのある直感intuition」によって、より適切な対応を行うことができます。本日の大学院の修了生の中にはすでにこのレベルの人もいると思います。

 「中堅とエキスパートには誰でもなれるわけではない」とベナーは言います。エキスパートへと進む原動力はなんでしょうか。もちろん向上心や学習能力は当然ですが、ベナーは看護師が対峙する人に対してもつ関心や気遣いを重視しています。傍観者ではなく患者の状況にengageきちんと関与するということが求められます。私が臨床で働いていたころ、10年以上のキャリアを持った看護師のなかには、知識や技術だけでなく、この人にしかできないと思われるような対応をするエキスパートレベルの看護師が何人かいました。

 例えば、血液内科に千葉さん(仮名ですが)という40代の看護師さんがおられました。この方の判断や見通しはいつも正確で、検査データだけでは確信が持てないとき、ベテランの医師でさえ「この週末どうなるのか」と彼女に見解を求めていたほどでした。医師たちは週末学会に行ってもいいか、今日の夜は飲み行っても大丈夫か、良く千葉さんに聞いていました。その頃は、医師たちは当直でなくても受け持ちの患者の状態が安定しないときは病院に常駐していましたので、千葉さんを頼りにしていました。千葉さんは、副作用が出現する時期を予測し、検査データをみながら感染を予防したり、急変の可能性を推測するだけでなく、患者さんの話をよく聞いて心にとめていました。患者さんの表情や話す内容など、カルテに残せないようなことを申し送りの時に教えてくれていたので、私たちは「準備」をすることができました。予測はかなり的中し、医師への報告や家族を呼ぶタイミングも的確にやりこなすことができます。千葉さんの「患者さんへの関心の強さ」は他の看護師と違っていたと思います。「この人は今、病気によってどのような体験世界に居るのか」、「何をどう感じているのか」、いつも関心と共感を持って聞き取っていました。千葉さんの場合、これに看護の知識・技術、また数多くの事例のパターンを蓄積しており、卓越した予測や判断ができたのだと思います。

 他にも素晴らしい経験豊富な看護師が周りに大勢いました。身体に何本もチューブが固定されている手術後の患者さんが、汗でグダグダで身動き取れない状態でも、見事な手際で、温かいタオルでふき取り、衣類の交換まで流れるようにやってのける8年目の外科のナースにおどろかされたことがあります。「この状態で身体なんか拭けるのかな」と思いながら、手伝っていたのですが、この8年目のナースは、患者さんに「痛みはありませんか」と聞きながら、15分くらいで手際よくやってのけたのです。患者さんは気持ちよさそうで、温かいタオルで背中をパックしてもらったことは、生きる力につながったと思います。チューブの先端が身体のどの位置にあってどう固定されているかとか、陰圧を常にかけていないといけないチューブもありますし、手術でどこをどう切ってつないでいるかなど、そういうことを十分理解して、なおかつ、創部を汚染することもなく、シーツもぬらさず、上手に気持ちよく清拭するのは、看護師であってもそう簡単なことではありません。

 1例目の千葉さんは、患者さんへの強い関心に支えられた観察力と高い推論能力、豊かな経験知、またそれを可能にする技術を持っていました。さらに、コミュニケーション力によって患者さんを深く理解し、多くの情報を得ていました。8年目の外科ナースは、身体の構造、手術などの治療内容を深く理解しており、清拭をするときのリスクを予測する能力がありました。リスクがあっても体を拭いて、心地よさをもたらし、人間らしい生活を維持することで、回復意欲を高めようとする計算があったと思います。またそれを実施するだけの技量というか、患者の反応を察知して、それに呼応し、体を安全に上手に拭いていく、そういうすぐれた技術も持っていました。
 
 このようなプロセスは、助産師においても保健師においても置き換えることができます。大学は、皆さんが3年後、5年後、7年後に、知識や技術を身につけるだけでなく、経験知、実践知というものを身につけ、エキスパートへの階段を着実に登っていくものと期待しています。その人の価値観を大切にして、病にあっても人間らしい生活を支え、患者さんの回復力を発揮させるというナイチンゲールが言うところの「看護の専門性」を磨いて、すばらしいエキスパートナースになってほしいと思います。

 最後に、皆さんの4年間の勉学を支えていただいたご家族の皆様、敦賀市をはじめ実習の場を提供してくださった病院施設の皆様、またここにはおられませんが、実習の相手をしていただいた患者さんや地域住民の方々すべての方々にお礼を申し上げます。

 この敦賀の地は皆さんの看護の出発点です。何かあったら戻ってきて相談もしてほしいと思います。皆さんのご活躍を応援して、お祝いの言葉とします。    

 明日は国家試験の結果が発表されますが、自己採点では100%合格と学年担当から聞いています。昨年に引き続き、看護師、保健師、助産師すべてで100%合格の大船に乗ったつもりで、お祝いを申し上げておきます。おめでとうございます。
 
令和7年3月23日
敦賀市立看護大学
学長 内布敦子
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